ほぼ1年経過後の検診

 2009-11-13
またまた野口病院へ。新幹線で行くのも、もう慣れた。

予診で看護婦さんに、傷口がきれいだと驚かれる。これは術後からずっと言われてきた。実際、もう凝視しないとわからない。シワのほうが目立つんじゃないかっていう。
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採血・エコーまで約1時間待ち。エコーのとき、技師さんに質問したい気持ちを抑え、エコー終了。診察を待つ。

手術をしていただいた先生の診察室前で待っていると、手術が入ったので別の先生のところへ移ってくださいとのこと。お会いできなくて残念。いつもとは違う先生に診ていただくことに。

サイログロブリン異常なし。エコー画像異常なし。次回はまた6ヵ月後!
軽快で明快な診察。すぐ終わり。

最後に私の場合のPETの保険適用の可能性を質問すると、無理でしょうとのこと。再発の兆候などがないからと。そこから、野口病院における戦後の乳頭がん患者の死亡率のデータを見せていただく展開に。

「貴方は10ミリ以下で、浸潤も転移もないケースだから、30年後の生存率は100%に該当します。10〜15年経過時が再発のピークですが、そのとき小さいうちに切除すればいいのです。100歳まで生きますよ。もちろん、他の死因は除いています。」との説明を受けた。そして、病院までの距離を考慮してくださったのか、これなら1年後でいいでしょうということに変わり、次回の診察は1年後となった。ご指示通りの定期検診を受けることが大事なんですね、と締めくくり。

心強いことを言って頂いてなにより。だけど、おそらく再発するようで、またあの手術に関する一連のプロセスをもっと年をとってから経なければならないと思うと、つらいなあ。まあそれまで他の癌とかにならずに生きながらえていればだけれども。

診察が終わって会計を待つ間、ちょうどお昼時だったので、1年前同室だった方にメールで報告。おいしいお昼ご飯情報を返信していただきました。Nさん、地元でもないのに熟知しすぎw

残念ながらその返信が来るころには、お昼を終えていた。せっかくの温泉地だけれども、お土産らしいものも買わず(温泉タマゴのみw)、さっさと帰路に。来年はゆっくり訪問するかな。

約5ヵ月後の診察

 2009-04-03
久しぶりの野口病院。変わらぬ光景が繰り返されている。

血液検査とエコー検査を受けしばらく待つ。やがて診察へ。 リンパの腫れもなく、所見なし。血液の数値も安定しているとのこと。 よって、引き続き投薬もなし。

傷口を見て先生が驚く。傷口が比較的きれいらしい。 遠距離の診察をねぎらっていただきつつ、次の診察を6ヵ月後に設定。

とりあえずほっとできた。また気持ちをリセットして頑張ろ。

紅白歌合戦

 2009-01-09
紅白って、ほとんど観ない。けれど今年は少し観た。そのときに、木山裕策さんという方が出ていた。

司会の中居クンがガンを克服されたんですよねなどといっていた。もしや甲状腺かと思い、ググったらビンゴ。たぶん同じ手術だ。

大きな声出す機会はあまりない。主に子供を叱るときくらい^_^; けど、現状、大きな声は出しにくい。以前とは何かが違う。以前より声が出ない感じが実感としてあるから、木山さんの情熱に感動した^^情熱、もっと燃やしていかんといけん!

術後2ヶ月半だ。そろそろ筋トレ復活して腹筋を割る野望を・・・。

情熱の方向性がちがうって(笑)

母も

 2008-12-13
母が入院。なんだか我が家では病気が続くなあ。これっきりでありますように。

母は腎臓の調子が悪いようだ。いままでこんなことはなく、急性っぽく感じるが診察は慢性腎炎の疑いとのこと。しんどそう。

あと、病院で目にする光景が野口病院でのそれとはぜんぜん違う。かなり高齢のお年寄りがしんどそうにベットで横になっている姿が随所で見られる。野口病院ではみんなテクテクと歩いてたし…。

ああ、病気はほんとに大変だ。持てる時間を大切にしなければ。

甲状腺のほうは、ほとんど違和感がなくなった。突っ張り感がなくなったというか。けど、コリコリ感は多少残っている。TSHどれくらい出てるかなぁ・・・。
【そろそろ2ヶ月経過の傷口】
無題

術後2週間の再診

 2008-11-19
自分が野口病院を選んだのに、いざ再診の日になると、近くの病院にすればよかったとか思ってしまう。我ながら横着なものだ^_^; 術後二週間の診察でこれだと先が思いやられるなあ。

6時に起きて、可能な限り早く着く新幹線に乗る。9時51分に別府到着。採血の結果が出る時間から逆算すると、9時半までに受付しないと診察に間に合わなくなると言われていた。もっとも、多少は融通が利くそうだ。ともかく足早に野口病院へ。キヨスクの温泉卵が売られていることを確認しつつ・・・。

月曜の午前中だ。あいかわらずごった返している。順番を待っていると、メールで到着を知らせていた同室の方が病棟から降りてきてくれた。診察が終わったら昼食を外で一緒にとる予定だ。あれこれ話していると名前を呼ばれ、先生に再会。

「体重が戻りましたね。」と、冗談交じりにいじられるw ええそうですとも、ごめんなさい。それはさておき、血液検査の結果の話。TSHという数値が多少高めとのこと。甲状腺が半分なくなったわけで、ホルモンの分泌が以前より少なくなっており、それを察知した脳下垂体が甲状腺ホルモンの分泌を促すために通常高くなるのだそう。まあ大丈夫と。

半分の甲状腺を働かせるためにTSHがいっぱい出る。いっぱい出ること自体、大丈夫なんだろうか。稼働率2倍?になりそうな左の甲状腺は疲弊しないのだろうか。素人考えな疑問が浮かんでくる。まあでも大丈夫ってことなんだから、気にしないでいいかと話を聞きながら自己決定。

傷もきれいだし、次は4ヵ月後でいいですよ、そのときはエコーもしましょうってことで、診察終了。再発はどうでしょう?と質問すると、ほとんどないと思いますよと癒しのお言葉をいただけました。養生します、先生ありがとう。

こんな記事  を読むと不安になるけど、4ヵ月後に診てもらうのだから、気にしなくていいのかな。

あっけなく終わったので、同室だった方々と昼食へ。僕が退院した後に7センチの腫瘍を8時間かけて摘出したHさんの話が聞けてよかった。元気そう。今はしゃがれているけど、声が残ってよかったですねと。年が同じNさんとは、電車の時間まで散歩・買い物w 僕が入院してた間に妻が寄ったという温泉をチェックしたり。砂風呂があるんだそうな。初体験でやってみたが、ある意味拷問だったとか(笑)
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Nさんと別れ、予定通り日帰りで別府を後にしました。我が家の園児のお気に入りの温泉卵はあえなく売り切れていた。次からは午前中に押さえとかないと。

結果として交通費を含めて血液検査に約2万5千円かかったというw クール宅急便で血を送るのはダメですか?(アホ) 冗談はさておき、感謝してます、野口病院様。またよろしくお願いします。

【術後26日目の傷口】
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医療保険

 2008-11-10
幸か不幸か医療保険には入っていた。入院給付金と手術給付金と診断給付金という3種が支払われる契約だった。

入院給付金というのは、入院日額いくらというアレである。僕のは日額2万円なので、12日分=24万円であった。

手術給付金というのは、手術の種類に応じて支払われる一時金である。手術給付金は入院給付金のn倍とされていて、倍率は病気によって異なる。甲状腺乳頭癌は40倍だった。よって、2万円×40=80万円であった。

診断給付金というのは、病気の種類に応じて支払われる一時金である。僕の契約はこれが200万円だった。

保険会社によって用語の違いはあろうが、医療保険の内容は大方こんなもののはずだと思う。保険契約を締結するときは、自分が本当に病気になることをリアルに想像して内容を吟味すべきに違いない。しかし、実際はなかなか詳しく吟味しないでとりあえず入っとけみたいな勢いというか惰性で契約するのではないだろうか。少なくとも僕はそうだった。なので、通常は病気にならなけば自分の持っている契約の詳しい内容を知ることもなく保険料を払っているのではないだろうか。僭越ながら、ご自身の契約が上記3要素を備えているかチェックしてみては、と思います。

手術代金を含めた病院への総支払額は約80万円だった。とはいえ、社会保険の適用があり、かつ、その高額療養費の現物給付を受けたので、実際に窓口で支払ったのは約10万円だった。診断書代は除く。「焼け太り」な状況といえるけど、浮いた保険金は今後の大分までの通院費用や定期の人間ドック費用に充てるとしよう。

また、我が家ではこれを機会に妻の保険を見直しました。妻の保険は死亡保障部分が相対的に厚く、医療保険部分はこれはひどいというくらいお粗末な内容でした。僕の保険に比べ保険料は高いのに、死亡保険金・医療給付金ともに保障内容は僕の契約より劣るものでした。

僕の契約は証券番号がひとつであり、いろんな保障・特約がパッケージ的になっているのに対し、妻の保険会社の契約は複数の契約から成り立っており、各別が個別の証券番号を持つという方式になっていました。このバラバラに契約させる方式ゆえに保障内容が比較的にお粗末な割りに保険料が高いのかどうか、その保険会社の特性ゆえに高いのかはわかりません。

いずれにせよ、今回の入院を契機に見直しの機会・意欲を得られたといえ、結果、損切りと割り切って妻の契約は解約し、新たに僕のと同じ保険会社にて契約しました。営業活動とはいえ、親身になって設計してくれる方を通して契約すべきだと痛感しました。

僕は病気になったがゆえにこのような機会を得ましたが、皆さんは病気にならずとも吟味なさってみてください!

入院したときの持ち物

 2008-11-09
「入院準備」でググるといろいろ参考になるので、大枠はそちらでお願いします。

甲状腺の手術だったので、どこの病院でも「らく飲み」が推奨されていた。最初はなんだろうという感じだったが、ググると氷解した。しかし、購入して持ち込んだが、結果としては使わなかった。ストローも使わなかった。喉から先はつらいが、喉まではなんともないというのが実感である。普通のコップでいけた。

【らく飲み】
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あと事前に購入して持って行ったのがマグカップ↓ 保温性能が高そうなものを選んで正解でした。毎日部屋に掃除機が入ってたから、半密閉式のフタがついてる点もよかった。フタはフタなんだけれど、フタの内周にいくつかのすき間があり、フタをしたままそこから液体を口へ流しこめる仕組みになっている。



20冊くらいの本を持って行ったのもよかった。モバイル回線とノートPCがあればオンラインムービーなども楽しめたろうが、回線の契約を持っていないのでPC持参はあきらめた。

携帯も重宝した。パスワードが必要なサイトのパスワードを予め携帯に送信しておくと便利かも。実際、Amazonの発注ができて助かった。僕の入院期間中に自宅でデジカメが壊れて急遽必要になったから。

願わくばワンセグ端末であればよかった。TVを借りてみるほどではなかったので借りなかったが、ワンセグがあれば少しは視ていたはず。もっとも差額ベッド料を払って個室を取る人には備え付けのテレビがあるから不要だろうけど。

あと、荷物のほとんどは宅配で送った。退院時も同じ。これは大正解だったと思う。

命に感謝 その6 ガンと生きる

 2008-11-06
身体にきついことしたんだから食べて体力つけなきゃ。身体を休めなきゃ。そう思って、食っちゃ寝、食っちゃ寝状態な日々。飲み込みが驚くくらい楽になっていく。4日目に金具の留め具が取れた!野口病院には小さな温泉があるんだけど、5日目にはそこでの入浴もOKに。2日目から4日目はシャワーでしたが。この頃にはベッドで腹筋をしたり病棟を歩き回ったりできるようになってました。無理はできませんでしたが。

切除した甲状腺とリンパ腺の病理検査の結果は、甲状腺乳頭癌との確定診断。8ミリ部分以外に摘出した右甲状腺内で転移なし、リンパにも転移なし!とのこと。なので放射線治療も必要なし、術後7日目で退院予定ですと告げられホッとした。

退院前に同室の人とも話したのだが、やはり甲状腺専門で、かつ、有名な病院だけに、遠くから来てよかった。同じ病気の人が集まるから、手際がいいというか対応がいい。かといって単なる流れ作業とならず、熱意も伝わってくるケアぶりだと感じた。看板ゆえに各地から患者がくるのみならず、これならクチコミで患者が増えるだろうなと思った。

甲状腺乳頭癌という病気、エコーの発達で早めに見つかるケースが増えてきたが、気付いていない人がほとんだという。確かに8月までは僕もそちら側だったのだ。偶然にも小さなうちに発見してくれた近所の内科の先生には感謝してもしきれない。僕は放射線治療も受けず、飲み薬も処方されていない。それでいいのだろうかと不安にもなるが、類型的判断での診断なのだろう、気にすまいと思う。

20年、30年後に再発するというのがよくあるケースだという。なので、油断して定期検査を怠らないようにと指導された。再発と考えると、もう一度このプロセスが待っているのかと気が滅入る。でも、20年などといわれ、そういうペースの病気なのかと多少は気が楽に。あくまで「多少」だが。

仮にまだ20年生きられるなら、それまでに、甲状腺以外が癌になってしまうかもしれない。他の病気になったり、事故に遭うかもしれない。今回の癌発覚と手術で強く思うに至ったことは、人生の終期だ。やがて死ぬとは分かっていても、それはあくまで「やがて」であり、遠い先だと希望的に思い込んでいた。だが、自分は違う、少なくとも平均より早く死ぬだろう。受け容れないと。日々の生活を急に変化させられるものではないし、その必要もない。キャリアだと意識して、その分、日々を深めに味わおうというスタンスくらいが自分にはちょうどいいかも。

自分を含め、入院中に患者それぞれの家族が来て一緒に時間を過ごしているのを眺めていると、最後は家族だなあ、人のつながりだなあとしんみりした。大切にしないとね。

最後に、長文に付き合ってくれた方へ。エコーを受けるときは首も検査してもらってくださいね!ただし万一のために、検査前3ヶ月以上前にガン保険に入ってね(蛇足)。

【術後2週間の傷口】
触るとまだ膨らんでいる感じ。触感も普通じゃない。
20081110

命に感謝 その5 甲状腺右葉摘出

 2008-11-05
手術の時間だ。看護師さんが呼びに来てくれた。同室の方々が励ましてくれる。自分の足で手術室へ。

点滴を開通され、麻酔を入れますよと言われる。その後の記憶は皆無。「手を握ってください。」そう言われて目が覚めた。どうやら夢を見ていた。麻酔中は睡眠状態なのかとか考えていると、身体をベッドからベッドへ移動させる機械が作動する音が聞こえた。まだ痛みは感じないが、首元を切られていることは分かっているので、首を動かして全身の状況を観察することもできない。枕の位置がわるく、肩が激しく痛い。時間を聞くとおよそ3時間が過ぎていた。

心電図やらドレインチューブやら点滴が煩わしい。翌日の回診時には全部外れるそうだ。手術が終わったのが15時過ぎ。回診までの時間がとてつもなくつらかった。まず唾を飲み込むのがとてもつらい。管を気管へ突っ込んでいたためだそうである。また、咳なんてこわくてできない。肩というか、首の後ろも凝りすぎてて激しく痛い。手術台であごを目一杯に仰け反らされていたからだそうだ。気管が傷ついてるのか痰がどんどん出てくるけど、喉あたりに力が入らないので、切るのに苦労する。皮膚の下での切除部の血が止まらない場合、緊急再手術もありうると脅かされていたので、なにごともおっかなびっくりである。

同時に別室で手術を受けた方がとなりにいらっしゃる。痛みは強くないという。ただ、傍目にも苦しそうに痰が激しく絡んでいる。あり得ない強さで痰を切ろうとしているからびっくりした。僕は痰はひどくないが、ともかく痛いからだ。よくあんなに力を入れられるなあと。痛み止めを点滴してくれと頼むと、いざと言うときに備えてもうすこし時間をおいてから注入したほうがいいとのこと。仕方なく我慢。22時ごろだったか、意を汲んで看護師さんが痛み止めをセットしてくれた。しかし、これはあまり効いた気がしなかった。のちに麻酔科の先生いわく、痛み止めは静的な痛みには効くが、動的な痛みには効きにくいのだそうだ。どうりで、唾を飲むときの痛みが和らがないわけだ。

人生で初めて排尿の介助を受けたりしつつ、熟睡することなく夜が明けた。5時か6時ごろだったか、隣の方は介助を受けつつ立ち上がり、ドレインや点滴とともにトイレへ行った。ありえない。僕にはまだムリ。痛い。トイレは我慢して、回診後にドレインなどが取れてから行くぞ。いろいろつながっているから着替えることもできず、とても寒い夜だった。風邪→咳→のどの痛みという連想がつらい。

8時ごろに朝食が来た。おかゆやゼリーなど、噛まなくていい系のメニューだ。前々日の夜から絶食なのでお腹には嬉しい。しかし、飲み込みはつらかった。とはいえ、噛む段階で苦労はないのでお昼からは通常の食事にしてもらえるよう頼んだ。その後、もとの病室へ。9時過ぎに回診が始まる。ドレインが取れて晴れて自由になれた。自分の足で立って排尿できるのがこんなに嬉しいとは。事前にネットで見たところによれば、下半身を剃毛したり、尿道にカテーテルを通して排尿するなど、そんなこともあるのかと気が滅入っていたが、そんなプロセスはまったくなかった。次の日には自分で歩ける手術なのだ。実際、術後2日目以降の患者向けに肩と首のストレッチを行う時間が設けられていたりする。首元にガーゼを巻いた大人数人が集まっておっかなびっくりに首を動かすという、ある種異様な時間であった。

病室ではいろいろ話せないこともないが、首の切った部分というより喉が痛いので、おとなしくしていた。恐る恐る首を鏡で見た。グロい。留め具でばちっと挟まれています。縫合の代わり。7センチくらいかな。先生いわく、皮膚は横に切られているが中は縦に切っているんだそうです。どうりで見た目より感覚がない部分が広い。中は縫合されているが、抜糸はしないという。

【術後1日目だったかな】
無題

つづく

命に感謝 その4 手術前夜

 2008-11-04
両親の勧めで、入院前に地元の病院でPET-CTを受診。野口病院で紹介状を発行してもらっていなかったので自費診療で受けた。約20万円も支払った(ToT) もっとも、MRIなどの検査も含むものであったが。細胞診で癌と確定されているのだったら、保険は利くと言われ、たっぷりと後悔した。

PETの結果ではほかに異常は見つからなかった。このときかなりホッとした。PETの画像に甲状腺の癌は映っていた。非常にかすかに。検査結果を説明してくれた先生は、「私が癌になるとすれば甲状腺の癌が良い。腫瘍が小さいうちに見つかってラッキーですね。安心して手術を受けていらっしゃい。」と言って下さった。まあ誰もガンになりたいとは思わないだろうが、励まされた。さくっと、切除してもらいましょう!という気になれた。

数日を経て、いざ別府へ。野口病院に到着すると、示されたベッドの側にあらかじめ送った荷物がある。ベッドは窓際だった。明るくていい。3人部屋で、すでにお1人入院されている。

その方は人間ドックで癌が見つかり、数日前に入院したそうだ。聞けば、生年月日も1日しか違わない同じ歳の男性である。甲状腺の疾患は女性に多い中で、同じ歳の男性である2人が同じようなプロセスを経て同じ部屋にいる。不思議なもんだとと思いつつ、すぐに打ち解けた。「同じ病気の患者同士で色々話せるから、あえて大部屋を勧めます」と事務の方が言っていたのに納得できた。

手術を控えて数日過ごすうちに、いろいろ見えてくる。入院など初めての経験なので他の病院と比較することはできないが、野口病院では節目節目で案内の印刷物が渡される。感心するのは、その案内にある内容がもれなく実施されることだ。病棟を歩いて入院患者の名札を数えたが、その時点で80人ほど入院していた。これだけの入院患者を勤務の交代がある看護士たちでほぼもれなくケアしていくのだから、すごいなあと思った。言葉は不適切だろうが、患者ごとの作業工程表のようなものの管理が徹底しているのだろう。

また、病棟をうろついているとやはり女性が圧倒的に多い。だが男性もいて、同年代らしき人は5人くらいいた。その内の1人に話しかけると、この人も健診で見つかり、腫瘍の大きさも僕とほぼ同じ。やはり他県からいらしている。年齢は僕の1つ上。境遇が似ていることもあり、すぐに打ち解けてしまった。思えば入院の手続きの時に窓口で僕の前に手続をしていた人である。手術も同じ日の同じ時間の予定である。後日談になるが、退院も同じ日の同じ時間帯であった。

この同世代3人は、それぞれコレステロールや中性脂肪が高いと血液検査で判明。嗚呼、悲しき30代男たち(^_^;) 栄養士さんから指導を受け、反省を強いられるのであった。ただ、病院の素晴らしくバランスが取れた食事のおかげで、退院時には改善していました。超薄味だけど、多品目なので、そりゃあよくなるでしょうよという献立でした。普段の食事では病院のような献立を毎食とることは不可能だ。せめて間食をやめよう。

検査を受けつつ、時が過ぎていく。検査がないとき、同室の人と外出許可を受けて温泉へ行ったりした。そして運命の日がやって来た。

つづく

命に感謝 その3 野口病院

 2008-11-03
見舞いに来てくれる家族の苦労や術後の通院時の自分の苦労を考えると、多少ためらいは残ったが、ともかく大分県別府市の野口病院に行ってみることにした。

10月2日に野口病院に行くと、外来患者の多さにびっくりした。ざっと見ても150人以上はいる。甲状腺疾患の患者が各地から集まっているという。担当の先生に経緯を話すと、「白黒をつけたくて来られたのですね。もう1度針で細胞を取ってみましょう。」と言われ、また首をプスリと刺されてしまった。「1時間ほどで結果が出ますので、お待ちください。」といわれ、待機。地元の病院では1週間かかったのに、ここでは1時間で結果が出ることに驚いた。そして1時間後・・・。

「残念ながら悪性です。右側の甲状腺に8ミリほどの腫瘍があります。右半分の甲状腺を手術でとりましょう。小さいうちに健診で見つかって、ラッキーと考えましょう。」

同じような患者の多さ、検査体制の充実ぶりを垣間見た僕は、「お願いします」と、ここでの手術を決めてしまった。10月20日に入院、24日に手術ということになった。最初に行った総合病院は、申し訳なくもキャンセル。

悪性腫瘍、悪性新生物、つまりガンであることがはっきりしてしまった。妻に伝えると、泣かれてしまった。つられて僕も少し泣いたけど、感受性の違いなのか、妻のほうがショックが大きいような感じだ。だけど、1人になって静かに考えてみるとやっぱり恐い。

自分の体の中に癌細胞があって、それが常に体の中をめぐっている。考えれば考えるほど恐くなる。転移がこわい。術後の再発が怖い。不摂生がいけなかったのか、夜更かしがいけなかったのか、いろんなストレスがいけなかったのか。原因は分からない。

考えるほど恐くなるし、原因などどうせわからない。なので、僕は悪く考えるのをやめた。手術を先生に託し、術後は運命にまかせる。転移や再発がわかったら、そのとき対応しよう。今後は、もっともっと命に感謝して生きていこう。そう覚悟を決めた。というより、そうするほかはない。

つづく

命に感謝 その2 ガンかも?

 2008-11-02
9月18日に検査の結果を聞きに行くと…。

クラスIIIbという段階で、良性の腫瘍とも言えないが、悪性とも断定できない。仮に甲状腺の癌とした場合、甲状腺の癌はゆっくり進行するので、数ヶ月このまま様子を見ても良いし、すぐに手術の手配をしても良い。あなたは若いので、このままこれを抱えて生きるよりも、手術で取ってしまった方が良いのではないか。どうしますか。

前夜にGoogleで調べて、ある程度心の準備はできていたとはいえ、「先生淡々としてるなぁ」と思いつつ、動揺を抑えていた。ネットによれば、針で細胞を取る検査は万能ではなく、手術後の病理検査を経なければ、確定診断を得られないことも多いらしい。黒に近いグレーな細胞を抱えたまま生きるのも嫌なので、その場で手術をお願いした。先生だけでなく、僕も割りと淡々としていた。事前の検査と手術を予約した。手術予定日は10月27日とした。

良性と言ってくれなかったこと、手術を決めたことを妻に伝えると、心配しつつも、納得してくれた。悪性と決まったわけではないけど、手術してみないと分からないなら、取ってもらってしまおうと話した。

両親や他の身内は、セカンドオピニオンを取れとか、PET検査を受けてみたらなどと言ってくれた。手術の予定日まで決めてきたのだから、この病院で良いよとも思ったのだが、調べてみると、甲状腺の手術の件数が圧倒的に多い病院があることがわかった。大分県の野口病院、神戸の隈病院、東京の伊藤病院である。とはいえ、地元ではないので、意識の上では、これらは遠い存在である。そこでGoogleで所要時間を出してみると、大分まではJRで2時間半の距離だと分かる。そう分かると、なんだか意識の上で遠い存在ではなくなった。行ってみるのもアリかも?と思い始めた。

つづく

命に感謝 その1 甲状腺

 2008-11-01
健康は空気みたいなもので、それがあるうちは、あまり意識の対象にはならない。いったん病気になると、そのありがたみがわかる。少し重い風邪をひいたりすると、生活の予定が狂ったりする。ましてや大きな病気だと、直近の予定が狂うどころではない。人生に抱く希望や計画を見直さざるを得ない。

今回僕は、妻が泣いてしまうほどの、わりと深刻め?の病気に罹っているとわかった。

まず8月の検診で、胃のポリープや脂肪肝を疑われる。これを受けて、9月に、近くの内科医で、胃カメラとエコー検査を受ける。胃カメラでは異常は発見されなかった。エコーでは中程度の脂肪肝と診断され、コレステロールが高かったので、頸動脈をエコー検査。ここで首に検査が及ぶのは意外だったが、医者のイロハみたいなものなのだそうである。さて、ここで、先生が「甲状腺に何かあるよ」と指摘。総合病院で診てもらって、と言われてしまった。

甲状腺って、何? そこに何かあるって、何があるの??

まあとにかく、総合病院にいってみるしかない。その日は甲状腺についてググったりすることもなく、翌日を待った。

9月10日だったか、翌日、総合病院に行くと、やはりエコー検査。それが終わってしばらく待っていると、「しこりがあるので、そこに細い針を麻酔なしで刺して、細胞を採取して組織を検査します。」と言われた。「麻酔なし!!うわー」と衝撃を受けてしまった。なんだか、エライことになってきたのか?そうなのか?とか思いつつ、検査台へ。若い先生がエコーで獲物(しこり)を確認し、しばらく席をはずし、なにやら奥で話している。しばらくすると年輩の先生がやってきて、「頸動脈に近いところにしこりがあるから、ベテランの先生がやってくれる。その先生が来るまで、しばらく待ってね。」とのこと。頸動脈に近いところに針を刺す!?頚動脈って、大動脈だよね?恐すぎる。

上手だといわれる先生がやってきて、いよいよプスリと刺されてしまった。なんともいえない感覚。舌で金属を舐めたときのような感覚が首の中でうごめく。無意識に唾を飲んでしまった瞬間、先生が「うわー、びっくりした!」と声を上げる。「そういえば唾を飲んだりしないようにねって注意するの忘れてたね」だって・・・。先生、あなた、それ怖すぎですよ。頚動脈に近いんですよ!!事前にきっちり言い含めてくださいよ!びっくりしたのはこっちですYO!と。

「結果は9月18日に出ますので、その日にまた来てください。」とのこと。その夜、甲状腺についてググりまくりました。

つづく
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